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新潟地方裁判所 昭和54年(行ウ)5号 判決 1980年8月25日

原告 渡邊澄男

被告 厚生大臣

訴訟代理人 梅村裕司 座本喜一 渥美正弘 関秀司 外川利徳 中村登 外五名

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五四年六月八日付でなした医業停止処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前)

主文同旨

(本案)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本案前の答弁の理由

原告が本件において取消を求める医業停止処分(以下「本件処分」という。)は、昭和五四年六月一五日から同年九月一四日まで医師である原告に対し医業の停止を命じたものであるところ、右期間は既に経過しており、しかも、原告は、本件処分を取り消さなければ回復し得ないような法律上の不利益を何等受けていないのであるから、本件訴訟につき訴の利益を失つたものである。

二  本案前の答弁の理由に対する原告の反論

被告主張のとおり本件訴訟における口頭弁論終結時(昭和五五年七月七日)においては既に本件処分の期間は経過しているが、以下の理由によつて、原告は本件処分の取消により回復すべき法律上の保護に価する利益を有しているから、未だ本件訴訟につき訴の利益を失うものではない。

1  将来原告において非違行為があり、医師法七条二項の処分が問題となつた場合に、本件処分の存することが加重事由とされることは明らかである。

2  医師の業務については、患者の信用が極めて重要であるところ、本件処分を受けたことによつて原告の業務上の信用は著しく低下したものであつて、その結果、原告又は原告の所属する医療機関が著しい経済的不利益を受けることは明らかである。

3  原告は、昭和二六年から今日まで営々として医療業務に専念し、医師としての公共的使命を果たしてきており、そのかたわら新潟大学医学部における研究により昭和三〇年には医学博士の学位を取得するなど、高度の専門的知識及び技能の保持に努めてきたのであるが、本件処分を受けた事実が新聞・テレビ等により報道され、また、医籍に登録されたために、原告のこれまでに築いてきた高い社会的地位及びその名誉は、患者や一般市民、他の医師等に対する関係で著しく毀損されたのである。そして、原告の名誉を回復するための最も簡明で直截的な手段は、国家賠償請求等ではなく、本件処分の取消を得ることである。

三  請求原因

1  原告は昭和二五年医師国家試験に合格し被告の免許を受け、昭和二六年四月以降医業に従事してきた医師であるところ、被告は昭和五四年六月八日付で原告に対し、同月一五日から同年九月一四日までの期間医業の停止を命ずる旨の本件処分をなした。

2  本件処分は、被告がその裁量権の範囲を越えたか、又はこれを濫用してなしたものであつて、違法なものである。即ち、

(一) 本件処分は、原告が昭和五三年八月一七日新潟簡易裁判所において診療放射線技師及び診療エツクス線技師法違反(同法二四条一項、三項、二条二項)で略式命令により罰金一万円に処せられたことをもつて、医師法四条二号に該当するとして、被告において医師法七条四項、五項の手続を経由した上なされたものである。

(二) ところで、医師法七条二項の医師免許の取消又は医業停止処分に関する規定は、一定の非違事由のあつた医師に対し、特別予防的見地から行政制裁を加えることを目的としており、被告としてはその裁量に当たり、必要な場合に限り必要な限度でのみ、行政制裁を課すべきであり、いわゆる比例原則を遵守すべきである。ところが、原告の前記法令違反と本件処分については、その法定刑及び罪数に照らし、原告が科せられた罰金一万円は極めて軽い量刑であること、原告は右違反事実を率直に認めて深く反省しており、病院長の職を辞するなど改悛の情が顕著であること、無資格者による診療エツクス線の照射ではあつたが、何等の被害も発生しなかつたこと、我が国では診療エツクス線技師が極めて不足しており、多くの医療機関において、特に移動レントゲン車には有資格者が乗つていないことが往々にしてあつたものであり、このような医療の実情も考慮されるべきこと、原告には他に前科も無く、真面目に医療業務に従事してきた者であること等の諸事実からして、既に刑事罰と社会的制裁を受けた原告に対して行政制裁は不要であり、少くとも三か月間の医業停止処分は重きに失するものである。したがつて、本件処分は前記の比例原則に違反することが明らかである。

(三) また、これまでの実例をみても、医師が罰金以上の刑に処せられても、前記行政制裁を受けない場合が非常に多く、医事に関しては懲役刑に処せられても行政制裁を受けない事例がかなり存する。さらに、本件処分と同日付でなされた他の医師及び歯科医師に対する制裁の内容を比較検討すると、原告の受けた罰金一万円の刑に対し三か月間の医業停止処分という制裁は、格段に均衡を失して重いものであることが明らかである。以上の事実からすれば、本件処分は、被告が裁量に当たつて遵守すべき平等原則にも違反したものというべきである。

よつて、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(二)、(三)の主張は争う。

本件処分は、次のような経緯でなされたものであり、内容も妥当で、何等違法の点は存しない。

(一) 原告は、昭和五三年八月一七日新潟簡易裁判所において、診療放射線技師及びエツクス線技師法違反(医師、歯科医師、診療放射線技師及び診療エツクス線技師のいずれでもない者三名と共謀のうえ、同人らにおいて、同年四月一日から同年七月四日にかけて、三五の事業所における健康診断に際し、合計一六六名に対し、胸部間接撮影用のエツクス線を照射した事実)により、罰金一万円に処せられた。

(二) 医師である原告が罰金刑に処せられたことは、医師法七条二項所定の処分事由に該当するので、被告は、昭和五三年九月九日新潟県衛生部医務課長をして原告の弁明を聴取させ、昭和五四年六月八日医道審議会の意見を聴いたうえ、原告の前記法令違反の内容が重大であつて回数も多いこと、社会に与えた影響が大きいこと等諸般の事情を考慮し、被告の裁量権の範囲内において、原告に対し本件処分をなしたものである。

第三証拠<省略>

理由

一  被告が昭和五四年六月八日付で、医師である原告に対し、同月一五日から同年九月一四日まで医業停止を命ずる旨の本件処分をなしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこでまず、本件処分による医業停止期間が既に経過している本件口頭弁論終結時(昭和五五年七月七日)において、なお原告が本件処分の取消を求める法律上の利益を有するか否かについて検討する。

1  行政処分の取消の訴は、当該処分の効果が期間の経過その他の理由により消滅した後においても、なお法律上の利益を有する者に限り、これを提起することができるとされているところ(行政事件訴訟法九条括孤書)、右法律上の利益とは当該処分の直接的効果としての不利益が何等かの具体的な法律関係において残存し、且つ、当該処分を取消さなければ右不利益が除去されない状態にある場合をいうものと解すべきである。

2  そこで、原告の主張につき順次検討するに、まず、本件処分が将来において原告の受ける可能性のある同種の制裁的処分の際に加重事由になる旨の主張については、医師法中にも、また関連法規の中にも、本件処分をその法定の加重要件とする法条は存在しないのであるから、仮りに原告が将来受ける可能性のある制裁的処分の際に本件処分が不利益に考慮される虞れが存するとしても、それは情状として事実上考慮される蓋然性があるにすぎず、法律上の不利益とはいい難いものである。次に、原告は、本件処分によつて業務上の信用が低下し、原告又は原告の所属する医療機関が経済的不利益を受け、また、本件処分が報道され、医籍に登録されたため、原告の名誉が毀損されたから、右の経済的利益及び人格的利益の侵害の回復を図るため本件処分の取消を求める必要がある旨主張する。しかしながら、仮りに原告主張のように経済的利益及び人格的利益が侵害されたとしても、それは本件処分の直接的効果ではなく、不利益処分に多少とも共通して伴う副次的な結果にすぎないものであるから、行政事件訴訟法九条括孤書において法が特に要求した法律上の利益を根拠づけるに足りないというべきである。しかも、右のような侵害の回復は、既に医業停止期間の経過した本件処分の取消によつてではなく、国家賠償法上の損害賠償請求訴訟によつて直截的にその救済を求めることができ、且つこれをもつて足りるものというべきである。

3  右に検討したとおり、原告は、本件処分の取消によつて回復すべき法律上の利益を有せず、したがつて本件訴は訴の利益を欠くものといわざるを得ない。

三  以上の次第で本件訴は、不適法であるから、本案について判断するまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊島利夫 羽田弘 小林孝一)

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